2008年10月31日
Aparecida ブラジルツアー2008 レポート5
帰国が明日に迫った我々御一行、まず午前中はタクシーに乗ってモルンビ墓地へ。この墓地にはエリス・レジーナや、F1ドライバーのアイルトン・セナが眠っています。モルンビ地区は高級住宅街にあり、高層マンションを幾つも抜けた見晴らしの良い高台に墓地はあります。リオのサン・ジョアン・バチスタ墓地とは違い、こちらの墓地は地面にプレートが埋めてあるだけのシンプルな作りです。エリス・レジーナのお墓を見つけると、みんな神妙な面持ちでお参りしました。
午後からは先日再会を果たしたミュージシャンのヘナート・ブラスから「自宅に遊びにおいでよ」と言われていたのでお邪魔することに。ピニェイロス地区にある彼のマンションは、そんなに大きくはありませんが、シンプルながらもきれいにまとまっています。ブラジル北部風のスープや、イタリア風のリゾット、イチゴとクリームのデザートなど、彼が直々に手作りした料理の数々をご馳走になりました。どれも美味すぎ!ミュージシャンになってなければ一流のコックになっていたところでしょう(笑)。
食事の後は、ギターを取り出してくれてミニ・コンサートが始まりました。たった4人の為に弾き語りしてくれます。シコ・ブアルキやエドゥ・ロボのナンバーなど、リクエストにも応じてくれます。なんと贅沢な午後でしょう。一人息子のアントニオ君が昼寝から起きてくると、ヘナートが「日本から僕の友達のサムライが遊びに来てるよ!」と紹介、チャンバラごっごして一緒に遊びました(笑)。名残惜しいですが、そろそろおいとまする時刻。日本での再会を誓って固くアブラッソ。
タクシーに乗り込み、向かうは南部地区の巨大ショッピングセンターへ。「海の無いサンパウロでは、若者はショッピングセンターで遊ぶ」と言われますが、ブラジルのショッピングセンターは超巨大です。今夜はこのショッピングセンターの中にあるフードコート内で、フェルナンダ・タカイがソロ・コンサートをやるという情報を聞いたので駆けつけました。
会場にについてまずビックリしたのが、そのステージの広さと豪華さ。日本のデパートの屋上でのライヴなどとは全然違って、機材や照明などちょっとしたライヴハウス級です。ステージの前にはパイプ椅子ですが、500席は置いてあります。これで無料というから凄いですね!
ショウが始まる1時間前くらいに着いたのですが、サウンドチェックをしていたスタッフが「おおウィリー、無事ブラジルに着いていたのか!」と声をかけてくれました。そう、9月上旬のパト・フーのジャパン・ツアーに彼も一緒に来ていたのですが、その時「9月下旬にブラジルに行くからみんなに会いにいくよ!」と言っていたんです。覚えていてくれたんですね。「一緒について来い!!」と楽屋に呼ばれると、フェルナンダやジョン、ドドゥなど、日本で仲良くなったパト・フーの面々が談笑していました。
私達に気づくと、ジョンが「おお、みんなよく来たなあ!今日は楽しんでってくれよ~!」と。フェルナンダも「オヒサシブリデス~。」と随分上手になった日本語で話してくれました。
一旦客席に戻って、いよいよショーがスタートします。内容は日本でのフェルナンダのソロ公演とほぼ一緒、ナラ・レオンに捧げたステージです。「小舟」は日本語で歌っていましたよ。無料のインストアライブなのにキッチリ1時間半やってくれました。ショウが終わった後、楽屋に「パラベンス~」と伝えに行くと、フェルナンダ直々に「打ち上げにポルトガル料理を食べに行くけど一緒に行く?」とありがたいお誘いが。「もちろん!」と答えて打ち上げに同行させてもらえることに。
打ち上げ会場となったポルトガル料理店には、パト・フーと一緒に日本に来ていたTP4のメンバーも待ってくれていました。再会を喜び乾杯!ブラジルで初めてポルトガル料理を食べましたが、これも美味しい!!「いつ日本に帰るの?」と聞かれ、「明日の飛行機なんだ。」と言ったら、「ええ、もったいない、もうちょっと滞在できないのか?今週末はテレビ番組の収録があるから見学しに来いよ!」と。もの凄く残念ですが、それはさすがに無理なので、泣く泣く断わりました...。
夜も更け、またお別れタイム。「今度は日本で会おうね!」と一人一人に握手とアブラッソ。なんか日本に帰りたくなくなりました...。
一夜明けていよいよサンパウロ最終日。午前中はショッピング・タイムにして、各自買いそびれたものを買い出しに。パンディロを買いに楽器屋に行く人、おみやげを買いに近くのスーパーに行く人、私はセントロのほうに繰り出して古本屋と中古CD店をチェック。何気に入った街のランショネッチで食べた日替わり定食の美味いこと!!しかも5.8R$(約400円)と激安です。
ホテルに戻ってチェックアウト、空港までの送迎バスがやってきました。みんな来た時とは倍以上になった荷物を抱えてバスに乗り込みます。名残惜しいんですが、それ以上に「また来るぞ!」という気持ちが大きいです。それは今回のツアーで初めてブラジルに来た参加者の皆さんも同じみたいで、「次はミナス行きたいなあ!」とか「ベレンやマナウスにも行こうよ!」とか、帰りのバスなのに次来る時の話ばかりしていました(笑)。帰りの飛行機はあっという間、つかれているので熟睡です。気が付いたらもう成田でした。
何度行ってもブラジルは面白い国です。確かに危険な面もありますが、充分注意して楽しめば、日本にいては気がつかなかった世の中の事や、日々の楽しみ方、そして人間が本来何のために生きているのか、そんなことまで考えさせられます。これからもブラジル通いは止められそうにないですね(笑)。5週に分けて紹介したこのAparecidaのブラジルツアーですが、来年も開催する予定ですので、これを読んで興味を持たれたら是非お気軽にお店(TEL:03-3335-5455)までお問い合わせください。
さて、約2年間(毎日連載していた旧Agora Simからだと約3年間)連載していたこのコーナーもこれで最後となりました。私はブラジルの音楽を中心に御紹介しましたが、この連載を通じてブラジルの雄大さ、奥深さ、柔軟さ、ヘンテコさ(?)など感じて頂けたら幸いです。とにかくブラジルは面白い!!これからもいろんな所でブラジルの魅力を伝えていこうと思っていますので、どこかで見かけたらお声をかけて下さいね。
それでは、また!!
Willie Whopper
2008年10月29日
最終回

さて本コラムも今回で最終回となりました。約2年ものあいだ、好き勝手にリオやブラジルにまつわることを書かせてもらいましたが、週1回というペースは日々の生活にひとつの区切りがついて、カリオカ的なライフ・スタイルのなかで日本をしばし意識する刺激材料になりました。
思えば、コラムというより私的日記風の、その時に頭に浮かんだことを綴ってきたのですが、後から振り返ってみると、自分が何に興味を持っていたのか、どんな日常を送っていたのか、何をぼぅっと考えていたのかなどが蘇ってきます。今年でいうと、やはり移民100周年にまつわることが多かったのですが、日本人にとっても日系人にとってもブラジル人にとっても、とても意味のある年だったと思います。
なんで日本人はブラジルに移民したんだろう、そもそも移民ってなんだろう、そんなことをまじめに考える機会を与えてくれたし、それは今後もずっと追いかけていきたいテーマになっています。もちろん、自分も移民の一員になったことが大きな動機になっていますが、非日常だったものが日常に変わっていく生活のなかで、日本人というルーツを確かめたいという気持ちが芽生えたからかもしれません。
日本に住んでいて見えてくるブラジルもあれば、リオに住んでいて見えてくるブラジルもあるし、日本に対しても同じです。それはニュースであっても個人的な印象であっても、情報発信していくことは大事な作業だなぁと改めて思いました。この2年のあいだで、リオにおいても、日本とブラジルの今後面白くなりそうな新しい繋がりが次々に生まれています。そこらへんは、また別の機会にお伝えしていきたいと思います。
それではまた、チャオ!
TETSU
2008年10月28日
ブラジルサッカーへの提言
残念ながら今回が最後となるこのコラム"Olho no Lance!"。僭越ではありますが、ブラジルサッカー界の将来に対する私の提言をもって最終回とさせていただきます。
それは結論から言うと、「ブラジルのサッカー選手の海外行きを食い止めよ、あるいは、規約を設けて海外行きの最低年齢を高くせよ」ということです。これはすでにブラジルサッカー界の監督たち評論家たちも言っていることで、別に新しい提言ではないのですが、私もまったく同感なので提言させていただく次第です。
ヨーロッパで活躍したブラジル人選手としては、古くはジジ(MF、58年W杯優勝メンバー、59-60年レアル・マドリッド-バルセロナ)、エヴァリスト・デ・マセド(FW、57-62年バルセロナ)が挙げられます。その後82年W杯のブラジル代表の大活躍により、ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾという「黄金カルテット」は皆ヨーロッパでプレーしました。
この頃からブラジル人選手がヨーロッパで注目され始めたようで、段々と海外に出る選手が増えていきました。94年W杯優勝メンバーの現代表監督のドゥンガもコーチのジョルジーニョもヨーロッパで活躍した選手ですし、ペレに次ぐゴール数を誇るロマーリオもバルセロナなどで活躍しました。ただし、この頃海外へ出たブラジル人選手は皆ブラジル国内で十分経験を積んで活躍した後に海外へ出たのでした。
ブラジル人選手の青田刈りのような現象が顕著になり始めたのは、やはり、ロナウドからではないでしょうか。その後若くしてブラジルを離れる選手が増え続け、その若年化も進み、今ではパト(ミラン)、アンデルソン(マンU)などのように10代で海外へ出るのが普通になっています。
この若年化の問題点は何かと言うと、選手たちがブラジルらしいブラジル独特のサッカーを十分身につける前に海外へ行ってしまうということです。いくらプロを経験したと言っても、10代で海外に行くような場合、5年いや3年にも満たないブラジルサッカー経験しかないのです。
つまりいくらブラジル性があるとはいっても、プロとしての選手形成の場が海外になってしまい、ブラジル人選手と言うよりもヨーロッパの選手と言ったほうがふさわしいのです。特に最近のブラジル代表のプレーを見ているとそう思います。グローパリゼーションの結果という見方もあるでしょうが、せめて5年はブラジルでプロサッカーを経験してから海外へ行ってもらいたいものです。
おそらく海外でプレーしているかなりの数のブラジル人選手が、ブラジルでプレーしてもそれほど簡単には活躍できないのではないかと思います。それだけブラジルのサッカーは選手の実力が高いレベルで拮抗しているというのが、現地で見ている私の実感です。
高額な収入を我慢して経験を積むためにブラジルに留まり、22~23歳までプレーした選手を見れば、逆に海外へいってすぐに活躍できているということも事実です。特に、カカ、ロビーニョがその代表的存在です。
ブラジル国内で十分な経験を積んだ選手たちがブラジル代表となって、見たこともないようなプレーで、相手チームが狐につままれたような顔をしているのを、昔ペレやジーコが見せてくれたように、その様なプレーを見せてくれる日がまた来てほしいと願って、また、このコラムが近い将来再開することを願って、終わりにしたいと思います。
Até mais!
それは結論から言うと、「ブラジルのサッカー選手の海外行きを食い止めよ、あるいは、規約を設けて海外行きの最低年齢を高くせよ」ということです。これはすでにブラジルサッカー界の監督たち評論家たちも言っていることで、別に新しい提言ではないのですが、私もまったく同感なので提言させていただく次第です。
ヨーロッパで活躍したブラジル人選手としては、古くはジジ(MF、58年W杯優勝メンバー、59-60年レアル・マドリッド-バルセロナ)、エヴァリスト・デ・マセド(FW、57-62年バルセロナ)が挙げられます。その後82年W杯のブラジル代表の大活躍により、ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾという「黄金カルテット」は皆ヨーロッパでプレーしました。
この頃からブラジル人選手がヨーロッパで注目され始めたようで、段々と海外に出る選手が増えていきました。94年W杯優勝メンバーの現代表監督のドゥンガもコーチのジョルジーニョもヨーロッパで活躍した選手ですし、ペレに次ぐゴール数を誇るロマーリオもバルセロナなどで活躍しました。ただし、この頃海外へ出たブラジル人選手は皆ブラジル国内で十分経験を積んで活躍した後に海外へ出たのでした。
ブラジル人選手の青田刈りのような現象が顕著になり始めたのは、やはり、ロナウドからではないでしょうか。その後若くしてブラジルを離れる選手が増え続け、その若年化も進み、今ではパト(ミラン)、アンデルソン(マンU)などのように10代で海外へ出るのが普通になっています。
この若年化の問題点は何かと言うと、選手たちがブラジルらしいブラジル独特のサッカーを十分身につける前に海外へ行ってしまうということです。いくらプロを経験したと言っても、10代で海外に行くような場合、5年いや3年にも満たないブラジルサッカー経験しかないのです。
つまりいくらブラジル性があるとはいっても、プロとしての選手形成の場が海外になってしまい、ブラジル人選手と言うよりもヨーロッパの選手と言ったほうがふさわしいのです。特に最近のブラジル代表のプレーを見ているとそう思います。グローパリゼーションの結果という見方もあるでしょうが、せめて5年はブラジルでプロサッカーを経験してから海外へ行ってもらいたいものです。
おそらく海外でプレーしているかなりの数のブラジル人選手が、ブラジルでプレーしてもそれほど簡単には活躍できないのではないかと思います。それだけブラジルのサッカーは選手の実力が高いレベルで拮抗しているというのが、現地で見ている私の実感です。
高額な収入を我慢して経験を積むためにブラジルに留まり、22~23歳までプレーした選手を見れば、逆に海外へいってすぐに活躍できているということも事実です。特に、カカ、ロビーニョがその代表的存在です。
ブラジル国内で十分な経験を積んだ選手たちがブラジル代表となって、見たこともないようなプレーで、相手チームが狐につままれたような顔をしているのを、昔ペレやジーコが見せてくれたように、その様なプレーを見せてくれる日がまた来てほしいと願って、また、このコラムが近い将来再開することを願って、終わりにしたいと思います。
Até mais!
川原崎隆一郎
2008年10月27日
バイーアで朝食を

バイーア地方の中級以上のホテルに泊まると、必ず登場するメニューがBeiju(ベイジュ)。
あ、キスを意味するBeijo(ベイジョ)と似てますが全く別物ですのでご注意を!ウン ベイジョ ポルファボールなんて言うと、バイアーナのおばさまから熱いキスが届くかも…
このベイジュ、ホテルの朝食会場でフェイタ・ナ・オーラ(作りたてをその場で提供)する人気メニューです。
レストラン内に白いドレスのバイアーナ(もしくは普通の白い服の料理人の場合もあり)を見つけたら、それは間違いなくベイジョコーナー!
焼きそば屋台のような鉄板もしくはフライパンに、白い粉をふるいにかけながらふりかけます。この、混じりけのない、目が覚めるような真っ白な粉の正体は、ブラジルでおなじみのマンジョッカ。
日本ではキャッサバやタピオカとして知られていますよね。それを粉末にしたものが原料となるのです。
この白い粉が鉄板の上で熱されると、あら不思議…まるで厚手のクレープのような状態になるのです。熱で少し溶けて固まった状態とでも言いましょうか。油も敷かず、つなぎの卵や水は一切入れず、粉だけでこのような料理が出来てしまうんですね!
この状態では味がないので、お好みでいろんな具を乗せていきます。
人気の具はチーズとハム。粉がまだ固まらないうちにチーズを乗せると、熱でとろけて一層美味しくなります。最後にバターをトッピングすると香ばしさアップでおすすめ。
デザート用にはコンデンスミルクとすりおろしココナッツを挟んで。個人的にはこの組み合わせが一番好きです。
中は軽くモチモチしていて、表面はカリッとクリスピーな食感。これは非常に新鮮な味わいで、結構クセになるかも知れません。
もちろん家庭でも手軽に作ることが出来ます。スーパーでファリーニャ・ジ・マンジョッカという白い粉を買えば、あとはフライパンがあればOK。粉を丸くふりかけて待つだけですから、独身男性にも簡単に作れること間違いなし!
具のバリエーションもどんどんアレンジ可能だと思います。刻みトマトやベーコン、ツナなども合いそうですよね。ベースは味がないわけですから、どんなトッピングでもうまくまとめてくれそうな万能選手です。
こういった作りたてのベイジュではなく、袋菓子として売られているタイプもあります。こちらはモチモチというよりカリっとしていて、日持ちがするもの。
軽く砂糖やココナッツで味付けしてあるので、ちょっとしたおやつにピッタリ。バイーアでは子供も大人も大好きです。天然素材で出来たシンプルな味わいは体にも良さそうなので、とかく味付けが濃くなりがちなブラジリアンフードに飽きたら、ぜひ試してみるといいでしょう。
ところで今回利用したホテルは、ブラジル国内でも有数の人気リゾートとして知られる「Club Med Trancoso」。日本にもあるクラブメッドのチェーンホテルの一つで、サルヴァドールから飛行機で1時間弱のバイーア州ポルトセグーロの近くにあります。
崖の上に立ち、まるでカリブ海を思わせる美しい海が魅力。そして最近ブラジルでも広まりつつある、飲食費がすべて宿泊費に含まれるというオールインクルーシブスタイルの宿です。滞在中、何を食べても飲んでもOKですから、見慣れないバイーア料理やカクテルに挑戦して失敗しても大丈夫。お財布がいたむことはありません!
日本からだとかなり遠いですが、間違いなくすばらしい休日が過ごせるこのホテル。イグアス、リオ、アマゾンだけじゃないブラジルを味わいたい方には、強く強くお勧めいたします。ブラジルのビーチの素晴らしさをもっともっと知ってもらいたいな…と、にわかバイアーナではありますが、サルヴァドール在住の身としては心から推薦したいのであります。
さて、サンパウロから始まりサルヴァドール編へと続いた私の食いしん坊コラム。これが最終回となりました。
まだまだお伝えしきれない美味しさがいっぱいのブラジル…この後は、読者の皆さんご自身の口で実感していただければ幸いです。
いつの日かバイーアの地で、ともに「サウージ!」(乾杯)が出来たら素敵だなぁと思います。その日まで皆さんお元気で!!
Boa sorte(ボア・ソルチ)…Good Luck!!
Club Med Trancoso
Fazenda Taipe, Estrada Municipal kM18 S/N, Trancoso, Porto Seguro, BA, Brasil
tel 55-73-3575-8400
Caolin
2008年10月24日
Aparecida ブラジルツアー2008 レポート4
(先週より続き)
リオデジャネイロ国内線空港、サントス・ドゥモンよりサンパウロ目指して飛び立ちます。離陸直後にポン・ヂ・アスーカルの上を旋回、迫力ある風景が目に入ってきます!約45分でサンパウロのコンゴーニャス空港に到着しました。日系人街、リベルダーデのホテルにチェックイン。部屋ではNHKも映るし、邦字新聞も置いてあります。フロントのスタッフは日本語も対応可能。みな久しぶりにホッとした表情です。
早速、夜のライブ情報をチェックすると、この春に初来日公演を行ったヘナート・ブラスが出演するショウがあるではないですか!しかもホテルから歩いていける距離。すぐに準備をしてみんなで会場に向かいました。この日のメインの出演者は、あのウィルソン・ダス・ネヴェス。60年代から第一線で活躍しているブラジルを代表するドラマーです。最近はシコ・ブアルキのバンドで活躍していますね。彼はドラムの他に、歌手としても活動しているのですが、この日は自作のサンバ・ナンバーばかり歌うという内容のショウでした。
彼の楽曲は、マランドロ気質というか、ちょっと渋目の曲が多く、客席の年齢層もやや高めです。ちなみにドラムは一切演奏しませんでした(笑)。ステージ途中、ヘナート・ブラスと、最近サンパウロで話題になっている女性シンガー、ファビアーナ・コッザがゲスト出演、パゴーヂやルーツ・サンバとはまた一味違った、モダンできらびやかなステージをみせてくれました。
終演後、楽器を片付けていたヘナートに声をかけると、「おお、ブラジルに来ていたのか!」と大喜び、「みんなを紹介するよ!」と楽屋に入れてくれました。既に楽屋の中には、先ほどまで出演していたミュージシャン、プロモーターなどの関係者、テレビや雑誌の記者、どさくさにまぎれて入ってきた熱心なファン(笑)でごったがえしています。ヘナートがミュージシャンを一通り紹介してくれました。
その後「食事にでも行こうよ」とヘナートに誘われ、日本料理屋へ。ラーメンがあったので頼んでみましたが、日本のものとはかなり違うものでした...(笑)。ヘナートが「近くに、いろんな人が集まって歌っているバールがあるんだけど、興味ある?」というので行くことに。オレンジ色を主体とした可愛らしい店内は20人ほどの人達が集まっていて、すでに演奏が始まっていました
ヘナートに「実は、一緒に来ているツアーの参加者で、日本で音楽活動している人がいるんだけど」と言ったら、「え、本当?歌って!歌って!」と。そう、このツアーの参加者のMさんは日本でブラジル音楽の演奏をしている人で、今回がブラジル初旅行。滞在中にどこかで演奏できないかな、とずっと思っていたそうです。
サンパウロ2日目、3日目は、歩いて市内観光を。まずはリベルダーデの日系人街のお店を冷やかしながらウィンドウ・ショッピング。最近は中国系や韓国系の店が激増しているそうで、歩いているとポルトガル語、日本語、韓国語、中国語といろんな言葉が耳に入ってきて、いったいどこにいるのか分からなくなりそうです。
メルカダォンという食料品の卸市場では名物のパステルを頬張りました。アヴェニーダ・パウリスタでは連立するビルの不思議な形にみなビックリ。古本屋や中古CD店を物色しながらヘプブリカ方面へ。
サンジョアン通りとイピランガ通りの交差点までやってきました。そう、ここはカエターノ・ヴェローゾが作った「Sampa」という曲の歌詞の冒頭に出てくる交差点なのです。歌われたのは古き良き時代のサンパウロ、現在では当時の面影はほとんど見られなくなったそうですが、所々に当時の面影が残っています。
サンパウロでは比較的のんびり過ごしたのですが、帰国前夜にあっと驚く出来事に遭遇したのです!
(以下、来週、最終回へと続く)
Willie Whopper
2008年10月22日
アルポアドール

こちらは先週末からサマー・タイムに移りました。時計が1時間早くなるので、毎日規則正しい生活をしている人は体内時計が慣れるまで1週間ほどかかるそうですが、不規則暮らしの自分はまったく支障なしでした。サマー・タイムになると日暮れ時が遅くなるわけで、今日でいうと午後7時過ぎにきれいな夕焼けが西の空を染めました。
リオでもっとも夕景が映えるスポットとして、アルポアドールが有名です。コパカバーナとイパネマの間にある小さな岬に面した数百メートルのビーチですが、その先端には大きな岩丘が突き出ており、夕刻になるとたくさんのカリオカが集います。アルポアドールからだと、太陽はドイス・イルマォンス(兄弟岩)の後ろに隠れるように沈んでいきます。
夏至前後の短い期間、太陽は兄弟岩を通りこして、大西洋に沈みます。太陽がジュッと音をたてるように海に吸い込まれる数秒間、兄弟岩、イパネマに面したマンション群、波間のサーファーたち、ビーチに佇むボニータたち、釣り師、アイスクリーム売り、悪ガキども……、すべての存在が同一の光のトーンに等しく包み込まれます。
あっと息をのんだ後にはもう、光と影のコントラストが生まれています。兄弟岩は次第に濃い闇を作り、残光がその背後から空を照らし、サーファーたちは波間に浮かぶ人影となります。光から影がバランスを支配しはじめると、兄弟岩が作る影のなかに、まるで夜空の星のようにきらきらと無数の光が瞬きはじめます。なぜこんなに点滅して映るのか科学的に分かりませんが、兄弟岩の中腹にはりついたヴィジガルというファヴェーラの家々に灯された光なんです。何でこんなに美しいんだろうと思うくらい、本当に美しい眺めです。
ではまた来週、チャオ。
TETSU
2008年10月21日
タイトル奪回!(フットサルW杯)
前回も書きましたフットサルのワールドカップ、10月19日(日)にリオのマラカナンジーニョ体育館で、ブラジルとスペインの間で決勝が行われました。前半0-0、後半2-2、延長前後半0-0の末、PK合戦(普通のサッカーと同様、両チーム5人ずつ)で決着となり、4-3でブラジルが勝ち、3大会ぶり、FIFAの大会としては4度目(6大会中)、FIFUSAの大会(3大会中2度)を含めると6度目の優勝を果たしました。前々回(2000)、前回(2004)とスペインが連覇していましたので、世界タイトルを奪回した形になりました。
統計を見てもわかるとおり試合は終始ブラジルペース。ボール支配率はブラジルの61%に対しスペインは39%。シュート数はブラジルの47本に対しスペインは30本。サッカーに優勢勝ちはありませんから統計が結果に直結するわけではありませんが、結果は延長戦にもつれ込みPK戦の末ブラジルの勝利となりました。前回の大会(04年台湾)、ブラジルは準決勝でスペインにPK戦の末敗れていましたので、その意味でも今回は雪辱を果たすことができました。
フットサル史上最大のプレーヤーといっても過言ではないであろう、ファルカンはこの決勝戦後半に膝を強打されて最後までプレーできず、ベンチから優勝を眺める格好になってしまいましたが、今大会の最優秀選手に選ばれました。
この試合のヒーローはなんと言ってもPKを2本止めたGKフランクリンでしょう。正GKのチアゴに代わってこの試合を先発し、見事に大役を果たしました。最後のPKを蹴って止められたスペイン代表のマルセロはブラジル人。何とも皮肉な結果となりました。
前日に行われた準決勝ですが、登録選手全員がブラジル人で、準決勝で延長戦の末スペインに敗れたイタリアが、ブラジル人2名を擁し、準決勝でブラジルに敗れたロシアと対戦し、2-1で勝利。前回の準優勝から今回は3位に終わりました。ロシア代表のブラジル人プーラは16得点で15得点のファルカンを1点上回り得点王に輝きました。
この大会全試合のハイライトは下記FIFAサイトで見ることができます。
http://www.fifa.com/futsalworldcup/video/videolist.html (PC)
フットサルのほうはブラジルが優勝して非常におめでたいのですが、サッカーの2010年W杯予選、ブラジル代表はというと、9月に行われた週と同じパターンの結果で、アウェーでベネズエラに4-0で快勝、地元リオのマラカナン・スタジアムでは元気のないコロンビアと0-0で引き分け。アルゼンチンも元気がなくアウェーでチリに1-0で敗れたため順位に変動はなく、ブラジルは2位を維持しています。しかし好調パラグアイはこの週に連勝し、ブラジルに勝ち点差6をつけて首位を独走中です。3位のアルゼンチンでバシーレ監督が辞任する中、ブラジルのドゥンガ監督の去就が注目されます。
統計を見てもわかるとおり試合は終始ブラジルペース。ボール支配率はブラジルの61%に対しスペインは39%。シュート数はブラジルの47本に対しスペインは30本。サッカーに優勢勝ちはありませんから統計が結果に直結するわけではありませんが、結果は延長戦にもつれ込みPK戦の末ブラジルの勝利となりました。前回の大会(04年台湾)、ブラジルは準決勝でスペインにPK戦の末敗れていましたので、その意味でも今回は雪辱を果たすことができました。
フットサル史上最大のプレーヤーといっても過言ではないであろう、ファルカンはこの決勝戦後半に膝を強打されて最後までプレーできず、ベンチから優勝を眺める格好になってしまいましたが、今大会の最優秀選手に選ばれました。
この試合のヒーローはなんと言ってもPKを2本止めたGKフランクリンでしょう。正GKのチアゴに代わってこの試合を先発し、見事に大役を果たしました。最後のPKを蹴って止められたスペイン代表のマルセロはブラジル人。何とも皮肉な結果となりました。
前日に行われた準決勝ですが、登録選手全員がブラジル人で、準決勝で延長戦の末スペインに敗れたイタリアが、ブラジル人2名を擁し、準決勝でブラジルに敗れたロシアと対戦し、2-1で勝利。前回の準優勝から今回は3位に終わりました。ロシア代表のブラジル人プーラは16得点で15得点のファルカンを1点上回り得点王に輝きました。
この大会全試合のハイライトは下記FIFAサイトで見ることができます。
http://www.fifa.com/futsalworldcup/video/videolist.html (PC)
フットサルのほうはブラジルが優勝して非常におめでたいのですが、サッカーの2010年W杯予選、ブラジル代表はというと、9月に行われた週と同じパターンの結果で、アウェーでベネズエラに4-0で快勝、地元リオのマラカナン・スタジアムでは元気のないコロンビアと0-0で引き分け。アルゼンチンも元気がなくアウェーでチリに1-0で敗れたため順位に変動はなく、ブラジルは2位を維持しています。しかし好調パラグアイはこの週に連勝し、ブラジルに勝ち点差6をつけて首位を独走中です。3位のアルゼンチンでバシーレ監督が辞任する中、ブラジルのドゥンガ監督の去就が注目されます。
川原崎隆一郎
2008年10月20日
サルヴァドールといえばアカラジェでしょ

サルヴァドールを訪れた人なら一度は口にするであろう、ご当地フード「アカラジェ」。実はここに住んですでに4か月になる私ですが、つい先日ようやく口にしました。その存在はもちろんサンパウロ在住時から知ってはいたものの、あまり良くない話を聞いていたのも事実で…。
アカラジェにまつわるよくない話とは…「重い」「脂っこい」「お腹を壊す」というもの。これは、日本人のみならず、ブラジル人の口からも聞こえてくるコメントです。一方で、「揚げたての美味さは最高!」「ビールにぴったり」「これぞバイーアの味」と、賞賛する声が挙がっているのも事実。何はともあれ、やはり、一度はチャレンジしてみなければならなさそうですね、食いしん坊隊長としては。
さて、いざアカラジェを食べようと思っても、案外頭を悩ませるのは「どこで食べるか」というもの。バイーア料理を扱うレストランで前菜メニューに登場することもありますが、やはりアカラジェは屋台(barraca:バハッカ)で立ち食いするのがバイーアっ子ってものでしょう。その屋台たるや、それこそ街の至る所にあるんですよね…。
今回は、サルヴァドール市内のグルメ情報を集めたVeja誌の評価を参考に、比較的ビギナーでも行きやすい屋台を選んでみました。観光客もよく訪れるショッピングモール前にあるAcaraje de Gregorio(グレゴリオの店)です。
アカラジェとは、フェイジャオン・フラジーニャと呼ばれるこの地方独特の白い豆から作った揚げパンに、ヴァタパーと呼ばれる豆のペーストや干しエビ、ヴィナグレッチというタマネギとトマトのみじん切りサラダを挟んで食べるもの。まず豆で出来たパンというところがかなり個性的なのですが、 揚げ油がまた独特。デンデヤシの木から採れるデンデ油というものを使っています。これはバイーア料理には欠かせないものですが、かなりきつい油なので、お腹が弱い人は要注意…と言われています。
さぁ、自他ともに認める強靭な胃袋の持ち主である私は、何の恐れも抱かず、お姉さんが勧めるまま、上記の具に加えピメンタ(辛味)もトッピングし、記念すべき初アカラジェに挑戦!!!
ん、これは美味しい!パンの表面がカリっ、中はふわふわっ…そこにヴァタパーのネットリ感とヴィナグレッチのしゃきしゃき感が合わさって、口の中にはなんとも言えない不思議なハーモニーが生まれました。それぞれの具を別々に食べても美味しいと感じないと思います。すべての食材が美味しく仕込まれ、それらが一つになってこそ、アカラジェなんです。
エビ入りが一つ3.50レアル、エビなしが2.50レアル。150円ちょっとで結構おなかがふくれます。ちなみに、朝昼晩のいつ食べるもの?と質問してみたら、「いつでも食べたい時に食べるものよ」との答え。ちょっとしたおやつに、ビールとともに軽い夕食に…確かにどちらにも合いそうな便利なバイーア版ファストフードと言えそうです。
ちなみに、いまサルヴァドールで一番人気がある屋台は、Rio Vermelho地区にあるDinha、Regina、Ciraの3店。とても有名なので、地元で聞けばすぐ教えてもらえるでしょう。店の数だけ味があるというアカラジェ。食べ比べて、マイベストを決められるようになれば、あなたも立派なバイーアっ子です。
Acaraje do Gregorio
Av. Centenario, 2992, Shopping Barra, Barra, Salvador - BA, Brasil
Caolin
2008年10月17日
Aparecida ブラジルツアー2008 レポート3
(先週より続き)
サルヴァドールから飛行機で約2時間、リオデジャネイロ国際空港に到着しました。
一行がまず目指したのは、ボタフォゴにあるサン・ジョアン・バチスタ墓地です。リオ市内で最大級のこの墓地、東京の青山墓地みたいな感じで、多くの偉人や芸能人が眠っています。中に入ってすぐの左側にアントニオ・カルロス・ジョビンのお墓がありました。今回のツアーのメンバーの多くはボサノヴァが好きな方でしたので、皆さん神妙にお参りしました。
近くには8月に亡くなったばかりのドリヴァル・カイミのお墓も。他にもカルメン・ミランダやクララ・ヌネスのお墓にお参り。ナラ・レオンやヴィニシウス・ヂ・モラエスもここの墓地に埋葬されているのですが、暗くなってきたので今回はここまで。
夜はラパ地区の名クラブ、リオ・セナリウムで開催されたサンバ・ロック界の若手、ジョアン・サビアのショウを聴きに行きました。
一夜明けて、リオ2日目はコパカバーナとイパネマ散策です。CDショップで大人買いしたり、日本では手に入らない楽譜を探したりと、この日は皆さんショッピング・モードでした。食事はレストラン「イパネマの娘」にてピッカーニャを。ボサノヴァの名曲「イパネマの娘」が作曲されたレストラン、として有名なこの店ですが、実はピッカーニャが美味しい店としても知られています。昼からビールを飲みピッカーニャをパクついて幸福なひと時。
3日目はセントロのほうに出かけてみました。楽器屋街を散策したり、小さな小売店がひしめきあうアメ横みたいなメルカード・ウルグアイナに行ったり。リオデジャネイロはコパカバーナやイパネマなどのゾナ・スル(南部)が観光客には有名ですが、こういったセントロの地元の人が遊んでいる地区も面白いです!(くれぐれもひったくりやスリには注意して!)
その後、新聞でチェックしていたジョアン・ドナートの無料ライヴを聴きにウルカへ。ジョアン・ドナート・バンドのメンバーに私の友人のミュージシャンが参加しているのですが、彼が楽屋に入れてくれてドナートとご対面!「ブラジル音楽ツアーをやっているんだよ!」というと、「リオはいい街だろ!」といつものニコニコした調子で答えてくれました(笑)。
午後はおまちかね、サン・クリストヴァンのノルデスチのフェイラへ。ここは地元に住んでいる北東部出身の人々の遊び場で、週末には5万人近くも入場するとか。珍しいノルデスチ料理に舌鼓を打ち、食材店やCDショップ(リオの街の中とは品ぞろえが全く違う!)を冷やかしながら散策していると「今夜アメリーニャのショウ開催!無料!」のポスターが目に飛び込んできました!!
アメリーニャといえばゼ・ハマーリョの奥さんで、絶対に日本に来なそうなノルデスチを代表するシンガーです。ツアー参加者の皆さんと緊急会議、だいぶみんな慣れてきたこともあり夜は3班に分かれて行動することにしました。ボサノヴァ好きなグループはマリア・クレウザのショウを観にイパネマへ、サンバ好きな人はちょうどこの日に開催されたベッチ・カルヴァーリョのショウへ、そして私を含む北東部音楽好きはこのアメリーニャのショウを観ることに。
深夜12時過ぎから始まったアメリーニャのショウは、観客も子供からオバさんオジさん、そしておばあさん、おじいさんまでアット・ホームな感じです。80歳超えているような老夫婦がペアダンスで踊るのを見ると微笑ましくなりますね。アメリーニャのショウもパワフルな内容で2時間弱キッチリと歌ってくれました。いつの日か日本でも観たいですね...。
いよいよリオデジャネイロ最終日。この日は観光バスをチャーター、ポン・ヂ・アスーカルと念願のコルコバードの丘に行きます!!現地ガイドさんと一緒に行動したので説明も的確です(笑)。残念ながら曇り空だったものの、コルコバードから眺めるリオは快晴時より幻想的。まるで墨絵みたいです。もう少しゆっくりしたいのですが、空港に向かわないといけない時間に。次回の楽しみに取っておきましょう。
マラカナン・スタジアムの横を通ってサンバ会場サンボドロモで一時下車、カーニバルで実際に使われた衣装を着て記念撮影しました。
空港に着き、帰国するグループとサンパウロに向かうグループと分かれました。来てみると分かりますが、ブラジルで過ごす時間は本当にあっという間です。名残惜しいですが、帰国組を見送って、我々はサンパウロに向かいます!!
(来週に続く)
Willie Whopper
2008年10月16日
アマゾン上流の珍味1・・・スーリ
このアマゾン美味&珍味コラム、何回か飛ばしてしまい申し訳ありませんでした。ブラジルとペルー&コロンビア国境地方の奥地に長期潜伏していたので、ネット環境がなかったからです。実を言うと、今でも現地にいます(笑)。ペルー・アマゾンで最大の街、イキトス市内のホテルで、このページの原稿を書いています。
ついでと言っては何ですが、この地方で賞味されている美味&珍味をいくつか書いてみようかと思います。まずは、ペルー・アマゾン地方などで、ごく一般に食されている、ちょっとゲテモノ系の食材からいきましょう。
写真をご覧になれば判ると思いますが、これはイモムシです。別の言い方をしましょう。甲虫、すなわち硬い鞘翅(さやばね)を持った虫の幼虫です。カブトムシやクワガタムシも甲虫ですが、こいつはゾウムシと呼ばれる吻部が長く突きだした類(たぐい)のヤツです。ナンベイオオゾウムシという種類ですが、実は南アメリカ大陸で最強のヤシ樹の害虫でもあります。成虫は全長4センチくらいで真っ黒。昼夜を問わず活発に飛び回り、樹の表皮のキズに卵を産みつけます。孵化した幼虫は、材を食い荒らしながら穿孔し、樹を枯らします。
アマゾン地方を始め多くの地域で、30メートルもありそうな巨大なヤシ樹が立ち枯れているのを見かけることがあります。これは、たいていはコイツの仕業ですね。ブラジルでは一般に、ビッショ・デ・コッコ(ココヤシの虫)と呼ばれ、コロンビア・アマゾン地方では、モホホイ。今、私がいるペルー・アマゾンでは、スーリと呼ばれます。
さて、このイモムシ。終齢(しゅうれい)、すなわち蛹になる直前で大きさが全長5センチ前後、太さ2センチくらいになり、食用として旬(しゅん)を迎えます(笑)。立ち枯れて瀕死のヤシ樹をぶっ倒せば、中からウジャウジャと出てきて捕獲も容易です。
もっとも一般的な調理法は、串焼き(写真)です。生きているイモムシの体液は、油状ですが、じっくり焼きこむと収縮し、チーズのような感じになります。食感は、まあ脂の固まりと言えばいいでしょうか。決して変な味ではありません。もちろん、普通は口にいれるのに、ちょっと勇気がいりますけど……
ビールのツマミとして悪くありません。ただし、たくさん食べると精力がつき過ぎると思います。ペルー・アマゾン地方では、煮込みも食します。
グランデ・オガワもやったことがないんですが、生で食べるヒトもいるようです。聞き伝えですが、コロンビア・アマゾンのある地方で、「モホホイ(現地名)の握り寿司」のようなブツがあるらしいです(笑)。
グランデ・オガワ
2008年10月15日
フットサル・ワールドカップ

先週ちょこっと書きましたが、FIFA主催のフットサル・ワールドカップ関係の仕事で毎日マラカナンジーニョに通っています。マラカナンジーニョはマラカナン・サッカースタジアムのすぐ横に誕生した競技場で、"小っちゃなマラカナン"という意味ですね。フットサルは狭いピッチで行われ試合時間は前半後半20分ずつなので、オシッコに行くヒマもないほどスピーディーな試合展開です。
フットサル・ワールドカップはブラジリアとリオの2カ所で同時開催されており、明日からは決勝リーグに突入、決勝戦は19日にリオで行われる予定です。優勝候補のブラジルは順調に勝ち上がっていますが、前回・前々回優勝しているスペインも堅実に勝ってきており、この2強対決になればかなり熱い試合になりそうです。
ブラジルと同じ予選グループだった日本代表は、生き残りをかけたロシアとの予選最終戦に大敗し予選落ち、すでに帰国してしまいました。残念な気持ち、負けても健闘をたたえたいという気持ちを試合後にぜんぜん感じなかったのですが、それは日本代表にガッツが感じられなかったからだと思います。
同じくフットサルの経験が浅く、予選落ちしてしまった中国の最終戦を見ていると、最初から最後まで勝ちたいという想いと気迫がみなぎっており、それはそれはガッツ魂に溢れていました。だから負けても清々しく、健闘をたたえる拍手が会場から自然にわき起こったのです。それはもちろん、当人である選手本人が一番感じていることだと思うんですけどね。
ブラジルは終わりよければすべてよしというスタイルですが、日本は初めよければすべてよしという印象でした(初戦でブラジルに大敗したのですが)。勝って泣く、負けても泣く、そんな勝ち負けを決める熱い試合を見たいなと思っています。
ではまた来週、チャオ。
TETSU
2008年10月14日
フットサルW杯もブラジル人だらけ
フットサルのワールドカップが9月30日からブラジルはリオデジャネイロとブラジリアで開催されています。FIFA主催になって今回が第6回目です。
日本代表もアジアの3位ということで出場しましたが、運悪くブラジルと同組に入り(ドイツW杯を思い出します)、一歩及ばずグループ3位(2位までが2次リーグ進出)で敗退しました。アジア勢ではイランが大健闘し、あと一歩で準決勝進出というところまで来ています。
本題に入りましょう。以前ユーロ2008に出場するブラジル生まれの選手たちのことを書きましたが、ユーロに比べフットサルW杯のブラジル出身選手は格段に多い状況になっています。各国登録選手数は14人、20チーム参加ですから、合計280人の選手登録のうち、38人がブラジル人およびブラジル出身者で占められています。
ちなみにブラジルで生まれて出生届を出した人は一生ブラジル国籍を捨てられないとうのがブラジルの法律なので、38人がブラジル国籍を有しているということになります。38人のうち14人は当然ブラジル代表ですから何も書き立てることはないのですが、それを除いても266人中24人、ほぼ11人に1人がブラジル人という計算になります。
特に甚だしいのがイタリア代表で、登録メンバー14人全員がブラジル人なのです。まさか全員ブラジル人っていうのもありなの?とも思いますが、イタリア政府の政策でイタリア人の子孫であることを証明できれば即座に国籍が付与されてしまうわけですから、文句のつけようがありません。
2次リーグE組の第2戦、ブラジルとイタリアが対戦しましたが、まさにブラジル対ブラジルになってしまったのでした。結果は本国代表のブラジル人が3-0でイタリアのブラジルに勝利し、準決勝進出を決めました。イタリアもまだ準決勝進出の望みがあり、第3戦で準決勝進出をかけてイランと対戦します(このコラムがアップされるころには結果がわかっているはず)。
さて、ほかにはどこにブラジル人がいるかというと、3連覇を狙うスペインに3人、ロシア代表に2人、我が日本代表に1人(比嘉リカルド)、パラグアイ代表に1人、アメリカ代表とポルトガル代表に合わせて3人(人数を確認できず)、ブラジル代表の14人とイタリア代表の14人を合わせて38人になります。
選手にとどまらず監督にもブラジル人がいて、ブラジル代表以外に日本代表(サッポ監督)と中国代表の監督がブラジル人です。
2010年W杯のアジア予選を見ても中東の国々などは必ずブラジル人をはじめ南米各国、アフリカ各国の選手をどんどん帰化させてチーム強化を図っているのが明らかな事実で、流れはフットサルにも及んでいます。
こういう傾向は世界中でますます強まっていくような気配ですね。
日本代表もアジアの3位ということで出場しましたが、運悪くブラジルと同組に入り(ドイツW杯を思い出します)、一歩及ばずグループ3位(2位までが2次リーグ進出)で敗退しました。アジア勢ではイランが大健闘し、あと一歩で準決勝進出というところまで来ています。
本題に入りましょう。以前ユーロ2008に出場するブラジル生まれの選手たちのことを書きましたが、ユーロに比べフットサルW杯のブラジル出身選手は格段に多い状況になっています。各国登録選手数は14人、20チーム参加ですから、合計280人の選手登録のうち、38人がブラジル人およびブラジル出身者で占められています。
ちなみにブラジルで生まれて出生届を出した人は一生ブラジル国籍を捨てられないとうのがブラジルの法律なので、38人がブラジル国籍を有しているということになります。38人のうち14人は当然ブラジル代表ですから何も書き立てることはないのですが、それを除いても266人中24人、ほぼ11人に1人がブラジル人という計算になります。
特に甚だしいのがイタリア代表で、登録メンバー14人全員がブラジル人なのです。まさか全員ブラジル人っていうのもありなの?とも思いますが、イタリア政府の政策でイタリア人の子孫であることを証明できれば即座に国籍が付与されてしまうわけですから、文句のつけようがありません。
2次リーグE組の第2戦、ブラジルとイタリアが対戦しましたが、まさにブラジル対ブラジルになってしまったのでした。結果は本国代表のブラジル人が3-0でイタリアのブラジルに勝利し、準決勝進出を決めました。イタリアもまだ準決勝進出の望みがあり、第3戦で準決勝進出をかけてイランと対戦します(このコラムがアップされるころには結果がわかっているはず)。
さて、ほかにはどこにブラジル人がいるかというと、3連覇を狙うスペインに3人、ロシア代表に2人、我が日本代表に1人(比嘉リカルド)、パラグアイ代表に1人、アメリカ代表とポルトガル代表に合わせて3人(人数を確認できず)、ブラジル代表の14人とイタリア代表の14人を合わせて38人になります。
選手にとどまらず監督にもブラジル人がいて、ブラジル代表以外に日本代表(サッポ監督)と中国代表の監督がブラジル人です。
2010年W杯のアジア予選を見ても中東の国々などは必ずブラジル人をはじめ南米各国、アフリカ各国の選手をどんどん帰化させてチーム強化を図っているのが明らかな事実で、流れはフットサルにも及んでいます。
こういう傾向は世界中でますます強まっていくような気配ですね。
川原崎隆一郎
2008年10月10日
Aparecida ブラジルツアー2008 レポート(2)
(先週より続き)
サルヴァドールの空港に着いた我々を迎えてくれたのは日本人ガイドのKさん。「どこかで聞いたことのある名前だなあ」と思っていたら友人の友人でした。いやあ世界は狭いです(笑)。15年以上この地で生活しているというKさんの説明を聞きながら、バスは空港からイタポアン海岸脇の国道を抜けてボンフィン教会を目指します。ちょうど日曜日ということもあり、バスから見えるビーチには多くの人でごった返しています。イタポアンといえば、ヴィニシウス・ヂ・モラエスとトッキーニョの名曲『イタポアンの午後』の舞台となった海岸です。この曲をいつも歌っているというツアー参加者の方は感慨深げでした。
翌朝、サルヴァドール2日目はペロウリーニョ周辺を散策します。まずは有名なペロウリーニョ広場、昔ここで奴隷がせりに掛けられていたそうです。ブラジルの文豪ジョルジェ・アマードの記念館やバイーアの歴史博物館、広場でやっているカポエイラなどを観て、いよいよエレベーターに!サルヴァドールと言えばこのエレベーターですね。1回の乗車料は40センターボ。25円くらいです。
下町に降りて、次に訪れたのはお土産屋がひしめくメルカド・モデロ。リオやサンパウロと比べても物価が安いサルヴァドールですが、ここではさらに価格交渉出来ます。私はずっと欲しかったカランカという魔除けの像をゲット。最初70ヘアルと言われたのですが半額の35ヘアルまでまけさせました(笑)。押しの強い人ならもっと安くできたかも?(後日サンパウロで同じものを見かけたのですが、130ヘアルもついていてビックリ!)
夜は毎日やっているというバイーアの民族舞踊のショウへ。カンドンブレの神秘的なダンスから、炎が出てる皿を振り回す演目(日本だと消防法で絶対出来なさそう)、そしてアクロバティックなカポエイラのステージ。入場者は外国人が多かったですがリオやサンパウロからの観光客も少なからずいたようです。夕食はゼ・ハマーリョにも似たヘペンチスタ(吟遊詩人)が弾き語りしているレストランでカニ料理を。これも美味かった!!
フェリーを降りると「ガイドやるよ!」と何人か声を掛けてきましたが、人の良さそうな青年にお願いすることに。ワーゲン・バスをチャーターして、見どころスポットごとに一時下車しながら彼の説明を聞きます。小さな町なので彼の知り合いに次々に会います。「今日は日本人のガイドをしているんだよ!」と誇らしげです。結局4時間ほど島のあちこちをガイドしてもらいました。気になるお値段は交通費込みで一人12ヘアル。なんと1000円弱でした。(後日、サンパウロの友人にこの話をしたところ、「リオだったらその10倍は吹っかけられるよ!」とのこと。出来れば事前にガイドを予約しておいたほうがベターのようです。)
楽しかったイタパリカ島を後にし、サルヴァドール最後の夜は野外ライブです!火曜の夜は街のあちこちで無料ライブが開催されているということを聞いていたので、ちょうど火曜になるようにあらかじめツアーを組んでいました。通りのあちこちからブロコ・アフロの音が聴こえてきます。教会の前の広場ではかつての大スター、ジェロニモがレゲエを演奏しています。中心の広場にあるステージではパゴーヂが。バイーアだけあってスタイルはパゴーヂ・バイアーノです。地元の人たちも大いに盛り上がっていました。
3日間のサルヴァドールを終えて次の訪問地はリオデジャネイロです!
(来週に続く)
Willie Whopper
2008年10月08日
無題

先週書いたとおり、グローバリゼーションのダークサイドが引きおこす金融崩壊を目の当たりにしてヤケを起こし、この一週間は飲んだくれていました(前半はウソ、後半は本当)。酒を飲む理由にはなりませんが、実際、ブラジルにも株価暴落という形で負の影響を及ぼしています。さておき、人間同士のつきあいで飲む機会が多かったわけですが、さてどんな場所を飲み歩いてるかということを、めったに振り返ることもないので、このコラムのネタがわりに思い出してみました。
いつものビールしか飲まない立ち飲みバー巡りと違って、ちょっと風情が異なる一週間でしたが、最初はサンタ・テレーザの丘にあるアマゾン料理屋「エスピリト・サンタ」でドラードという川魚をつまみにカイピリーニャで始まり、それから対岸ニテロイの魚市場2階にあるエビ専門店、音楽が聴けるコパカバーナの「ビッピ・ビッピ」とラパの「カリオカ・ダ・ジェマ」、グアナバラ湾を一望できるシーフード・レストラン「アルバマール」、ドイツ料理の老舗「バル・ルイス」、そのあいだにリオから2時間のノヴァ・フリブルゴで日本酒……と食い飲み三昧でした。
まあいろんな場所でいろんな人と飲んでるなというのが振り返ってみた感想ですが、こんなライフ・スタイルを続けていたら、結果としてやっぱりお腹がでてきますね。ビールを片手にふくらんだお腹をなでながら、これこそカリオカ・スタイルだなぁなんていい加減にまとめてみます。明日からはフットサル・ワールドカップの一行がリオに到着予定なので、今回はこのへんで。
ではまた来週、チャオ。
TETSU
2008年10月07日
W杯予選第9節、第10節に臨むセレソン
来週はFIFA週間です。日本代表がW杯アジア予選に臨む同じ週、ブラジル代表も前半戦最終第9節対ベネズエラ戦(10月12日、アウェー)、後半初戦第10節対コロンビア戦(10月15日、ホーム)が行われます。
9月25日、ドゥンガ監督が招集選手を発表しました(太字は私が予想する先発)。
【GK】
ジュリオ・セザール(インテル、伊)、ドニ(ローマ、伊)
ラテラル(サイドバック):
マイコン(インテル、伊)、ダニエル・アルヴェス(バルセロナ、西)、クレベル(サントス)、フアン・マルドナード(フラメンゴ)
【ザゲイロ(センターバック)】
ルシオ(バイエルン、独)、アレックス(チェルシー、英)、フアン(ローマ、伊)、チアゴ・シルヴァ(フルミネンセ)
【ボランチ】
ルーカス(リバプール、英)、アンデルソン(マンチェスターU、英)、ジルベルト・シルヴァ(パナシナイコス、希)、ジョズエ(ヴォルフスブルグ、独)
【メイア(攻撃的MF)】
エラーノ(マンチェスターC、英国)、カカ(ミラン、伊)、ジュリオ・バチスタ(ローマ、伊)、マンシーニ(インテル、伊)
【アタカンチ(FW)】
ロビーニョ(マンチェスターC、英)、ジョー(マンチェスターC、英)、ルイス・ファビアーノ(セヴィーリャ、西)、アレシャンドレ・パト(ミラン、伊)
10月1日、ルイス・ファビアーノが怪我のため外れ、代わりにアドリアーノ(インテル、伊)が招集されました。
今回の招集で唯一ドゥンガ監督を賞賛したいのは、ロナウジーニョを代表から外したことです。抜群のテクニックでファンの多い選手ですが、実はセレソンではあまり活躍していません。特に厳しい試合や大事な試合で活躍できないというのが過去の事実です。加えて今年まともな公式戦に出場したのは北京五輪くらいなものです。私は前々からロナウジーニョの代表入りには疑問符を付けていました。
今回の招集の問題点は、相変わらず同じラテラルの選手を招集していることです。ブラジル代表の攻撃において、ラテラルは極めて重要です。ここ何試合かで明らかなように、今招集されている選手たちからはよいパス、センタリングが出ません。ドゥンガ監督になって一度も招集されていない右ラテラルのシシーニョ(ローマ、伊)を呼び戻してもらいたいものです。
ボランチのジルベルト・シルヴァはもう峠を越した選手だと思いますが、ザゲイロの前で守備を中心に行うタイプのボランチで、なかなか代わりの選手が出てきません。ルーカスやアンデルソンのように、ブラジルのプレースタイルを覚える前にヨーロッパへ渡ってしまう選手が増えてしまったせいだと思われます。とすると、セレソンの戦術をそのうちヨーロッパ風にしなければならなくなってしまうのでしょうか?私としては、ジルベルトと似たスタイルのピエヒ(パルメイラス)あたりを一度試してもらいたいと思っています。
アタカンチは、ロマーリオ、ロナウドと天才的な選手が続いた後、なかなか同レベルの選手が出てこないのが現状で、ロビーニョも非常にいい選手なんですが、やはりこの2人と比べると見劣りしますね。もう少し伸びてほしいものです。
今回の招集で唯一希望の持てる点と言えば、カカが怪我から回復して招集されたことくらいでしょうか。
ブラジルでは全国民一人一人が自分の代表チームを持っている、と言われるほど関心が高く、あの選手よりこの選手がよいとか、監督は誰がいいとか、議論が尽きません。
批判の多いドゥンガのセレソンですが、批判の多いのは思い起こしてみればいつものこと。なんだかんだ言っても南米予選では現在2位。強豪ぞろい南米とはいえ、10チーム中4位までW杯出場、5位はプレーオフという恵まれた条件の下、油断せずにしっかり戦えば問題なく本大会に出場できるはずです。今回もベネズエラだからと侮ることなく(今年親善試合で負けている)、慎重にかつ大胆に勝ち点3を狙ってもらいたいものです。もちろん、ホームでのコロンビア戦は快勝を期待します。
9月25日、ドゥンガ監督が招集選手を発表しました(太字は私が予想する先発)。
【GK】
ジュリオ・セザール(インテル、伊)、ドニ(ローマ、伊)
ラテラル(サイドバック):
マイコン(インテル、伊)、ダニエル・アルヴェス(バルセロナ、西)、クレベル(サントス)、フアン・マルドナード(フラメンゴ)
【ザゲイロ(センターバック)】
ルシオ(バイエルン、独)、アレックス(チェルシー、英)、フアン(ローマ、伊)、チアゴ・シルヴァ(フルミネンセ)
【ボランチ】
ルーカス(リバプール、英)、アンデルソン(マンチェスターU、英)、ジルベルト・シルヴァ(パナシナイコス、希)、ジョズエ(ヴォルフスブルグ、独)
【メイア(攻撃的MF)】
エラーノ(マンチェスターC、英国)、カカ(ミラン、伊)、ジュリオ・バチスタ(ローマ、伊)、マンシーニ(インテル、伊)
【アタカンチ(FW)】
ロビーニョ(マンチェスターC、英)、ジョー(マンチェスターC、英)、ルイス・ファビアーノ(セヴィーリャ、西)、アレシャンドレ・パト(ミラン、伊)
10月1日、ルイス・ファビアーノが怪我のため外れ、代わりにアドリアーノ(インテル、伊)が招集されました。
今回の招集で唯一ドゥンガ監督を賞賛したいのは、ロナウジーニョを代表から外したことです。抜群のテクニックでファンの多い選手ですが、実はセレソンではあまり活躍していません。特に厳しい試合や大事な試合で活躍できないというのが過去の事実です。加えて今年まともな公式戦に出場したのは北京五輪くらいなものです。私は前々からロナウジーニョの代表入りには疑問符を付けていました。
今回の招集の問題点は、相変わらず同じラテラルの選手を招集していることです。ブラジル代表の攻撃において、ラテラルは極めて重要です。ここ何試合かで明らかなように、今招集されている選手たちからはよいパス、センタリングが出ません。ドゥンガ監督になって一度も招集されていない右ラテラルのシシーニョ(ローマ、伊)を呼び戻してもらいたいものです。
ボランチのジルベルト・シルヴァはもう峠を越した選手だと思いますが、ザゲイロの前で守備を中心に行うタイプのボランチで、なかなか代わりの選手が出てきません。ルーカスやアンデルソンのように、ブラジルのプレースタイルを覚える前にヨーロッパへ渡ってしまう選手が増えてしまったせいだと思われます。とすると、セレソンの戦術をそのうちヨーロッパ風にしなければならなくなってしまうのでしょうか?私としては、ジルベルトと似たスタイルのピエヒ(パルメイラス)あたりを一度試してもらいたいと思っています。
アタカンチは、ロマーリオ、ロナウドと天才的な選手が続いた後、なかなか同レベルの選手が出てこないのが現状で、ロビーニョも非常にいい選手なんですが、やはりこの2人と比べると見劣りしますね。もう少し伸びてほしいものです。
今回の招集で唯一希望の持てる点と言えば、カカが怪我から回復して招集されたことくらいでしょうか。
ブラジルでは全国民一人一人が自分の代表チームを持っている、と言われるほど関心が高く、あの選手よりこの選手がよいとか、監督は誰がいいとか、議論が尽きません。
批判の多いドゥンガのセレソンですが、批判の多いのは思い起こしてみればいつものこと。なんだかんだ言っても南米予選では現在2位。強豪ぞろい南米とはいえ、10チーム中4位までW杯出場、5位はプレーオフという恵まれた条件の下、油断せずにしっかり戦えば問題なく本大会に出場できるはずです。今回もベネズエラだからと侮ることなく(今年親善試合で負けている)、慎重にかつ大胆に勝ち点3を狙ってもらいたいものです。もちろん、ホームでのコロンビア戦は快勝を期待します。
川原崎隆一郎
2008年10月06日
老舗の肉系ノルデスチ料理店

サルヴァドールを含むブラジルのノルデスチ地方は、海のイメージが強いせいか、エビやタコ、魚といったシーフード料理をまず思い浮かべがちです。「魚介類は苦手だからノルデスチの料理は期待できないな…」とがっかりしてしまった方、ちょっとお待ち下さい!この地方に特有のちゃんと肉系の郷土料理も存在するのですよ。
今回訪れたお店、「Gibão de Couro(ジバォン・ヂ・コウロ)」は、外壁に大きく書かれた店の名前がカウボーイを連想させるデザイン。ブラジルのカウボーイといえば南部のガウーショが有名ですが、ミナスジェライスからバイーア南部にかけて広がるsertao nordestinoと呼ばれる地方には多くの牛が放牧され、もちろんカウボーイも活躍しているのですね。店内に飾られている大きな樽は、この地方を代表する観光地、バイーア州内陸のシャパーダ・ジアマンチーナで作られたものだそうで、牛飼いのいる風景を再現してくれます。
ここでのお勧めは「carne-de-sol(カルニ・ヂ・ソウ)」。太陽の肉と訳せるこの料理は、牛肉を天日で数日干したもので、いわゆる干し肉の塩漬けです。かつては保存食として利用されていたものですが、今ではサルヴァドールのみならず、レシフェなどノルデスチ地方のどこへ行ってもレストランの定番メニューとして出てくる郷土料理となっています。
細くさいた肉をコロッケやリゾットに入れることもありますが、私が好きなのはかたまり肉をシンプルにグリルしたもの。前回ご紹介したバカリャウと同様、これまた塩抜きがうまくないと塩辛すぎて目も当てられないのですが、こちらの塩加減は申し分なし。それでも、塩分控えめを目指す方にしてみればやはり止めておいたほうが良さそうな塩味ではありますが(笑)、食べて美味しい味には違いありません。
サイドメニューもノルデスチらしさがふんだんに現れています。チーズを角切りにして黒いソースで和えたqueijo coalho(ケイジョ・コアーリョ)、フライドポテトとは一味違うモチっとした食感が美味しいaipim frito(アイピン・フリット)、うずらの丸焼きのcodorna assada(コドルナ・アサーダ)などなど、サンパウロではあまり見かけないものがズラリ。
珍しいところでは、羊の肉入りピラフ「arroz de carneiro(アホース・ヂ・カルネイロ)」も試してみたいところ。肉といえばとにかく牛、というブラジルですが、ここでは羊料理もよく登場します。もっとがっちり羊肉を味わいたい方には、Pernil de carneiro(ペルニウ・ヂ・カルネイロ)と言うもも肉のグリルをどうぞ。
魚派の方にはぜひSurubim(スルビン)という魚のグリルを。カルニ・ヂ・ソウと並んでこの店の自慢の一品で、サン・フランシスコ川から取れる川魚のグリルです。肉厚の白身が非常にジューシーで、アウカパッハ(ケッパー)とニンニクのオイル漬けがをからめると、やや淡白な白身魚の味がぐぐっと締まり、いっそう味わいが増します。
肉派も魚派も仲良く郷土料理を楽しめる、とても素敵なこちらのお店は、もちろん、ワインからカシャッサまでお酒のほうも充実しています。セルタネージョ(地域の音楽)の流れる空間で、海とは一味違うノルデスチを体感してみましょう。
Gibão de Couro
Rua Mato Grosso, 53, Pituba, Salvador-BA, Brasil
Tel +55 71-3240-6611
www.restaurantegibaodecouro.com.br (PC)
Caolin
2008年10月03日
Aparecida ブラジルツアー2008 レポート(1)
7月11日付の記事でご紹介した、ブラジル・スタイルのバールAparecida主催による本場のブラジル音楽を体感するブラジル・ツアー。先日、全2週間の日程を無事に終えて帰国しました!今週から4回に分けてこのツアーの体験レポートをお送ります。
今年、参加して頂いた方は全7名。全員、これが初めてのブラジル旅行です。皆さんそれぞれボサノヴァ・ギターを習っていたり、ポルトガル語を習っていたり、エスコーラ・ヂ・サンバに入っていたリと、何らかの形でブラジルに関心を持っている人達です。7名中、男性は1人だけで、あとは全員女性です。やっぱり女性のほうが積極的ですね(笑)。
9月の最初の週に旅行会社の方を迎えて事前説明会を開催しました。初めて訪問する国ということだけあって質問も飛び交います。特に治安面はしっかり聞いてくれました。
9月13日(土)、いよいよ出発日です。13時、スーツケースを抱えて成田空港に集まった皆さんの表情は期待と不安が入り混じっています。今回はコンチネンタル航空を利用しました。コンチネンタル航空は、アメリカのヒューストンかニューアークでトランジットとなります。マイレージの期限がないのが高ポイントです。
当初、飛行時間が短いヒューストン経由で申し込んでいたのですが、全員分のチケットが抑えられなくてニューアークに振り替えられてしまっていました。「ちょっと時間がかかるなあ~」と思っていたら、なんとこの日、ヒューストンをハリケーンが襲い、ヒューストン行きは欠航となったのです!空港カウンターは大混乱、もう冷や汗ものでしたが、不幸中の幸いというか、我々は無事に成田を離陸することができました。
飛行機の中はやや寒く、長袖のフリースでちょうど良いぐらいです。食事は3回出てきましたが、まぁこんなもんでしょう(笑)。少々仮眠を取って約12時間でニューアーク空港に到着しました。トランジットは5時間ほどあります。少々長く感じるかもしれませんが、これぐらいあったほうが私はちょうど良いです。アメリカの入国審査に1時間かかり(トランジットなのに意外と細かく聞かれました。)、気分転換にウィンドウ・ショッピングをしたり、レストランでまともな食事をしたり(笑)。
そうしているうちに離陸1時間前。チェックインが始まりました。ニューアークからサンパウロまでは約9時間です。ここで上手く眠れれば、サンパウロに着いた時はちょうど朝なので都合が良いので、頑張って眠るようにします。でもやっぱり目が覚めてトイレに立った時、ちょうどアマゾン上空から幻想的な夜明けが見えました。
午前9時、無事サンパウロ空港に到着し、入国審査も無事クリアしました!とうとう着きました、ブラジル!でも今回の最初の訪問地はサルバドールなのです。焼きたてのポン・ヂ・ケージョを食べたりしながら3時間ほど待って、サルバドール行きの飛行機に乗り込み、そこから更に2時間15分、自宅を出てから実に約41時間後、やっとサルバドールの空港に到着しました!!ヘロヘロですが、これから3日間はサルバドールを堪能します!!(続く)
Willie Whopper
2008年10月01日
グローバリゼーション

世界恐慌に近い米国発の金融パニックはここブラジルでも連日新聞経済面のトップで報道されていますが、日本のニュースをインターネットで検索しても、こちらほど大きな扱いではないようですね。ブラジルと日本のヤフーを比較しても、日本ではトップニュース扱いではないようです。かなりシリアスな問題なのに不思議なほどです。
なんといっても、米政府が大手金融機関からの不良資産を買い取ることを柱とした緊急経済安定化法案の動向が注目されています。最大7千億ドルの公的資金を投入するかどうかという内容ですが、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるひとたちにとっても世界の金融市場にとっても、その可否が及ぼす影響を考えれば当然のことでしょう。
仮に公的資金が投入されなかったら、株価は大暴落、経営不振におちいった無尽蔵の会社が惨めにつぶれていくことになります。そのマイナス・パワーは世界中に波及するでしょうし、米国の外資が入っている日本も然りです。
逆に、公的資金が投入されることになっても、大変なことに変わりはありません。7千億ドルは74兆円、日本の国家予算を上回る税金が使われるのに、返せるあてはありません。米国政府が借金を抱えることになるので、そのしわ寄せは米国国民にくるでしょう。ブラジルのルーラ大統領は、公的資金投入案を「銀行だけ救済し、貧しい国民を救済しない間違った政策」と酷評しています。米国債は価値を失い、米国債を大量にかかえた日本も道連れにされます。
本日のニュースによると、緊急経済安定化法案は米下院で否決されました。市場は可決されると予想していただけに、動揺は一気に広がって株価は暴落の一途です。今はまだ対岸の火事のような印象ですが、ブラジルの為替にもすでに大きく影響を及ぼし、1ドルは1,6から1,9レアルに上昇しました。自分のケツぐらい自分で拭けよと思っても、グローバリゼーションという帝国主義は、庶民の生活にも深く及んでいます。
ではまた来週、チャオ。
TETSU
2008年09月30日
5人制サッカー(ブラインドサッカー)
北京五輪に続き、同地北京でパラリンピックが行われました。あまり注目せずにいたのですが、「ブラジルが5人制サッカーで金メダル」という記事が目に留まったのでよく読んでみると、ブラジルが決勝で中国に2対1で逆転勝利し、アテネに続いてパラリンピック連覇を果たしたという内容でした(9月17日)。
この"5人制サッカー(Futebol de 5)"というのを調べてみると、同じく5人で行うフットサルではなく、視覚障害者の行う5人制サッカーを指し、日本では"ブラインドサッカー"と呼ばれている競技です。フットサルを基にルールが考案されたため、ピッチとゴールのサイズはフットサルと同じ。GK以外の選手はアイマスクを着用し、鈴が入ったボールの音を頼りにプレーします。攻撃のときにゴールの位置を知らせるコ-ラーと呼ばれる人が敵ゴールの後ろ側に立ち、守備は弱視または晴眼のGKが指示を出します。タッチラインの代わりにクッション素材のフェンスを並べます。選手が音を頼りに行う競技なので、観客は静かにしていなければなりません。さすがにゴールのときだけは騒いでもいいということですが、それ以外で騒いだ場合は審判に退場を命じられます。詳しくは、日本視覚障害者サッカー協会(JBFA)のホームページをご覧下さい(PC:http://www.b-soccer.jp/)。
さて、ブラジル代表は1998年第1回世界選手権、2004年アテネパラリンピック、2008年北京パラリンピックと、3つの世界大会全てで優勝しています。私の素朴な疑問は、目の見えない人のサッカーでもブラジルが強いというのはどういうことなのだろうか、というものでした。
知識と調査が及ばないのであくまで推測の域を出ませんが、ひとつには視覚障害といっても、たとえ全盲でも、後天的な視覚障害で、晴眼の時代にブラジルでサッカーを見たこともやったこともあって、その経験がものを言っているのではないか、ということ。次に、監督やコーチの指導が優れているのではないか、ということ。さらには、試合中の選手同士のコミュニケーションのとり方がうまいのではないか、ということ。このようなことが考えられるのではないでしょうか。
監督・コーチの指導も選手同士のコミュニケーションもどちらもコミュニケーションの問題と捉えることが可能ですが、そう言えば、ブラジルには単語や短いフレーズでサッカーのプレーを表す用語がたくさんあり、非常に便利なのです。一例を挙げると、ボールを受けた選手からボールを奪おうと死角から敵が迫ってくる場合、ブラジルでは「Ladrao!(泥棒!)」と周りの選手が叫びますが、とてもイメージ豊かな表現だなあ、と感心してしまいます。
このような豊かな表現を使ったコミュニケーション力も、ブラジルサッカーの強さの源かもしれませんね。
この"5人制サッカー(Futebol de 5)"というのを調べてみると、同じく5人で行うフットサルではなく、視覚障害者の行う5人制サッカーを指し、日本では"ブラインドサッカー"と呼ばれている競技です。フットサルを基にルールが考案されたため、ピッチとゴールのサイズはフットサルと同じ。GK以外の選手はアイマスクを着用し、鈴が入ったボールの音を頼りにプレーします。攻撃のときにゴールの位置を知らせるコ-ラーと呼ばれる人が敵ゴールの後ろ側に立ち、守備は弱視または晴眼のGKが指示を出します。タッチラインの代わりにクッション素材のフェンスを並べます。選手が音を頼りに行う競技なので、観客は静かにしていなければなりません。さすがにゴールのときだけは騒いでもいいということですが、それ以外で騒いだ場合は審判に退場を命じられます。詳しくは、日本視覚障害者サッカー協会(JBFA)のホームページをご覧下さい(PC:http://www.b-soccer.jp/)。
さて、ブラジル代表は1998年第1回世界選手権、2004年アテネパラリンピック、2008年北京パラリンピックと、3つの世界大会全てで優勝しています。私の素朴な疑問は、目の見えない人のサッカーでもブラジルが強いというのはどういうことなのだろうか、というものでした。
知識と調査が及ばないのであくまで推測の域を出ませんが、ひとつには視覚障害といっても、たとえ全盲でも、後天的な視覚障害で、晴眼の時代にブラジルでサッカーを見たこともやったこともあって、その経験がものを言っているのではないか、ということ。次に、監督やコーチの指導が優れているのではないか、ということ。さらには、試合中の選手同士のコミュニケーションのとり方がうまいのではないか、ということ。このようなことが考えられるのではないでしょうか。
監督・コーチの指導も選手同士のコミュニケーションもどちらもコミュニケーションの問題と捉えることが可能ですが、そう言えば、ブラジルには単語や短いフレーズでサッカーのプレーを表す用語がたくさんあり、非常に便利なのです。一例を挙げると、ボールを受けた選手からボールを奪おうと死角から敵が迫ってくる場合、ブラジルでは「Ladrao!(泥棒!)」と周りの選手が叫びますが、とてもイメージ豊かな表現だなあ、と感心してしまいます。
このような豊かな表現を使ったコミュニケーション力も、ブラジルサッカーの強さの源かもしれませんね。
川原崎隆一郎
2008年09月29日
世界一のバカリャウ料理店?!

なんとも大胆な店名です。「Mundo do bacalhau(ムンド・ド・バカリャウ」…塩ダラの世界。直接的で大変わかりやすいですね。バカリャウとは、もともとはポルトガルでよく食べられている、タラの塩漬けのこと。ブラジルでも、この素材を使った料理はいくつもあり、ブラジルの郷土料理の一つとしても数えられています。
でも、実は私、バカリャウって高価な割に味はどうなの…?と正直思っておりまして。かなり塩がきついため、相当しつこく塩抜きをしないと、あっさりテイストが好きな日本人の口には合わないんですよねぇ。バールには必ずあるbolinho de bacalhauという小さいコロッケなど、恐ろしいほどに塩辛いことがあります。一度、自分で調理したこともありますが、やはり塩抜きが甘く…素材は高かったのに美味しく出来ず、非常に悲しい思いをした次第です。
だから、好んでバカリャウ料理を食べようとは思わないのですが、この時はなんとなく「ポルトガル料理」が食べてみたくなったんですよね。サルヴァドールのグルメ本によると、ここはポルトガル料理のジャンルで掲載されていまして…全面的にバカリャウを出すという点に若干の不安は残ったのですが、入ってみました。
するとこれが、いい意味で裏切られましてね。バカリャウってこんなに美味しかったのか!と目からウロコ。さすが店内に「塩ダラグリルの世界一」と堂々と横断幕が張られているだけあります。これはあながち嘘ではないかも!
そう、塩ダラ「グリル」の世界一と言うように、ここでは、こんがりと焼いたバカリャウが一押し。普段ポルトガル料理店で出てくるバカリャウ料理とは一線を画す味わいです。言ってみれば、素材を焼いただけのシンプルな料理なのですが、塩具合と焼き加減が絶妙で。今回はグリル盛り合わせとして、サーモンとタコが一緒に乗っているものにしましたが、文句なしにバカリャウ焼きが一番美味しいです。
お店の雰囲気もかなり好きです。割と広いフロアに、ざわざわ、がやがやと人々の話し声。忙しく動き回るギャルソン。一見、大衆食堂風なのですが、みんな手にはワイングラス…。何と言うか、非常に活気があり、行ったことはないけれどきっとポルトガルの街外れにある流行りのレストランがこういう感じなのかなぁ、と想像してしまいました。
バカリャウをすっかり見直した一日でした。なお店内では、バカリャウの量り売りもしています。ここのを使えば、私もバカリャウ料理のリベンジが可能かも?!
Mundo do Bacalhau
Avenida Octavio Mangabeira, 3471 - Flat Jardim de Alah, Jardim de Alah, Salvador-BA, Brasil
Tel +55 71-3343-6339
Caolin

























